本日は、お昼からアトリエ。
昼食替わりに、肉まんとカレーまんを近所のコンビニで購入。
冷凍食品の肉まんや、あんまんを一般家庭でも作れる様になったのは、小学生ぐらいの頃だろうか?
初めは、駄菓子屋のような所で買っていたっけ。
スーパーで冷凍物を売り出すようになってから、流行りにのってウチにも冷凍肉まんがやってきた。
しばらくして、僕も母親に作り方を教えて貰って、自分で作ってみた。
僕の料理歴の中では、目玉焼きが最初で、その次にインスタントラーメン、そして第三弾がこの肉まんだったかな。
ウチには、蒸籠なんてしゃれたもんがなかったから、かなり原始的なやり方で作りました。
まずは、お鍋に水をほんの少しだけ入れて、底に少し大きめのお茶碗を置いて、更に皿(韻は踏んでません)を置いたか置かなかったかは記憶が定かではなかったけど、その上に、肉まん、あるいはあんまんをおいて、ふたを閉め何分か待つ。
今では、色んな種類が出てるけど、当時はにくまん、あんまん以外は売ってなかったように思う。しばらくして、カレーマンやらピザまんが出てきたけどね。
しばらくして、ふたを開けてみる、もの凄く楽しみな瞬間です。
空けてみて真っ白な湯気をかきわけ肉まんのありかを探る。
当時、僕の中では、肉まんはあたり、あんまんははハズレだったなぁ。
だから、母親があんまんを買ってきた時には、がっかりしたものでした。
いまでは、あんまんのうまさも分かる立派な大人になってしまいました。
ハズレなしの人生です。最高です。
東京では、中村屋の肉まん・あんまんが主流のようですが、僕の田舎では井村屋・ヤマザキパンが黄金の1・2コンビでした。呼び名も、中華まんと言ってたかなぁ?
たぶん、ヤマザキパンが家のすぐ近所にあったからかも。
ヤマザキパンは、中華まんと言う名称で販売してたもんね。
当時は区別するために、確かあんまんは真っ白で、肉まんはてっぺんに赤いマークがちょこんと印されていたんだよね。
駄菓子屋のオッサンも僕らも、最初のウチはどっちがどっちか憶えていなくて、肉まんかじったらあんまんだったって事が良くあった。何処にあるか分からなかったけど、ここに地獄はあったのだなと、嫌いなあんパンをかじりながら思ったものでした。
中華まんで思い出したけど、小学生時代の僕は、本人が一番嫌がるあだ名を付ける事で有名なあだ名人であったのですが、友人の母親のおでこの真ん中にホクロがあり、中華まんかーちゃんと名付けました。恐ろしい程の勢いで、そのあだ名は浸透していきました。
なぜか、僕は、今でもたまに使います。
しかし、今思えば、僕って、憎たらしい子供でしたよね。
昔から、僕が似顔絵等を描くと周りは喜んでも、その本人は嫌がられる(憎まれる?)のは、きっとその辺の問題なのでしょうね。
高校の時なんかは、先生に呼び出されて、「イトウ、頼むから俺の似顔絵は描かんでくれ、おまえの似顔絵は悪意に満ちている。」と、似顔絵禁止令まで出されました。
もっとさ、たばこ吸うなとかさ、制服が乱れてるとか、髪の毛が茶色いだとか、正しい補導を受けたかったよ。青春じゃないすか。不良みたいで良い感じじゃないすか。
それなのに、似顔絵描くなって・・・。
確かに、昔から怒られるのはそういう類の事ではあったけど、ちょっと格好悪い。
おい、先公、おのれ、ワイの青春返さんかい!夜の校舎窓ガラス壊してまわるぞ!
と川浜一の悪よろしく、悪びれてみる。
今では立派な大人なので、絵で人を傷つけ無いよう、似顔絵にも配慮しています。
立派だなぁ、えらいなあぁ。
さてさて、脱線してしまいましたが、肉まん調理中でした。
ふたを開けてみると、ドキドキ・・。
そこには・・・ドロドロにとけた肉まんがありました。
水を入れすぎていたんですね。
はじめての肉まん作りはそんな感じでした。
ここ何年、肉まんを調理する時にレンジは使っても、蒸しはしませんね。
蒸すにしても蒸籠を使えば、いいのだろうけど、僕はこのレトロなやり方を続けるのです。
なんか、蒸籠に敵意を感じるのです。うそです。あったら使います。
そのうち購入して、便利さに驚かせるかも知れないな。
さて、日記に戻ります。あぁ、こんなに書いたけど、まだお昼の事描いてるyo。(ラップ風)
アトリエにつくと、仕事のラフにかかる。昨晩一枚出来たので、そのバリエーションものを一点、そして全く違うアプローチでアイディアが一点出来ていたので、そのアイディアの再現にかかる。夕飯までに、バリエーションもの方は完成した。
今晩の晩ご飯は、どん久です。どん子も久太郎も元気でしたよ。
今日は、初めて木内さんにどん久に連れて行って貰った時にご馳走になった、牡蠣フライ定食が始まっていたのでそれにしました。
なんだか、その時が懐かしくてね。少し前の事なんだけれども。
今回の牡蠣は、まだ時期が少し早いのか少し小さめでしたが、おいしかったです。
むかしは、トンカツも牡蠣フライも大嫌いでしたが、舌って変わるもんなんですね。
そうそう、今日は、大学生が久太郎に叱られてたなぁ。
まず、久太郎の先制攻撃、「キミ、それ食べにくくない?お皿の向きが上下反対だよ。」と一言。
そこに学生君反撃、「僕はそういうの気にしない主義なんスよ。ははは。」と変な自慢。
主義って・・・。民主主義、社会主義、上下どうでも良い主義・・・って事か。
久太郎がカチンときて一言、「料理にはね、盛りつけにも上下(うえした)っていうもんが、あるんだよ、うちみたいな所でまだ良かったけど、お高い口うるさいお店だったら、笑われちゃうよ。」
学生「・・・」
僕が心の中で突っ込む「ここが、そのうるさい店っす。」
夕食後は、ラフの制作に再び戻る。
なんだか調子が良くて三番目の作品は、ラフを通り越して仕上げにかかってしまう。
この三番目のラフが選ばれなければ、このラフを今の時期にこれ以上描いても、意味がないのだけれど、今夜はどうしても描く事を辞めることが出来なかった。
たまに、絵の方から「ココをこうしてくれ」みたいに語りかけてくるときがある。
勿論実際には声なんかは聞こえないけど、一筆入れるたびに次に絶対に必要な一筆を描かなくてはいけない箇所が出てくる。
それが連続するのです。だから、なんだか絵に描かされてるって感じになる。
そして、朝の6時頃に描き終わる。
結局7〜8割方も仕上げてしまった。
自分では結構気に入っている。
しかし、今日の日記は、長すぎだな。
今日の食事
朝 なし
昼 中華まん二つ
夜 牡蠣フライ定食